不意に思い出した。その程度のことだった。
「お前、顔だけはいいよな」
「顔だけですか?」
本人を目の前にして大変失礼な台詞であったが特にシュウが機嫌を損ねることはなかった。何せ無礼の震源地は誰あろうマサキ・アンドーであったのだ。デリカシーに欠けた台詞は標準装備と思わなければ。
「……金はあるな」
「そうですね」
「あと……、頭はいいな。お前、メタなんとかなんだろ?」
「総合科学技術者ですね」
「忘れてたけど王族だったよな」
「ええ。王位継承権はとうに放棄しましたが」
「……」
だんだんとマサキの周りだけ気圧が下がっていく。これは決して気のせいなどではない。カウントダウンはすでに始まっている。
「どうしました?」
起爆スイッチは容赦なく押された。
「何かお前むかつくな! あと少しは身長よこしやがれっ‼」
理不尽の大爆発であった。
「むかつくと言われても生まれ持ったものですから、どうしようもありませんね。特に身長は」
「だったら、せめてそのひねくれた性根だけでも矯正されてこい!」
「誰に?」
「誰って……、誰だ?」
物も金も才もあれば見目もよい。ただ、唯一その性根だけが救い難い。それだけではない。意地と執念だけで破壊神すら木っ端微塵にした男なのだ。生半可な実力ではその足下に近寄ることすらできないだろう。
「いないでしょう?」
呆然とするマサキとは対照的にシュウは実に愉快げだ。
「何か……、この世の不条理を秒で思い知らされた気がする」
目の前の男に世の道理は通じない。何という理不尽。マサキは天を呪った。
「お前、いっぺんでいいから生まれ変わって土下座してこい」
誰とは言わず方々に、できれば全速力で。
「無理ですね」
「即答すんな。少しは考えやがれ!」
「そう言われても、もうすでに生まれ変わっていますので」
にっこりと微笑まれる。大変恐ろしい笑顔である。マサキは今の今まで毛布代わりにかぶっていたシュウの外套を放り投げて飛びすさり、そのまま派手にひっくり返る。寝転がっていたソファの肘掛けに踵が引っかかったのだ。
「……っ⁉︎」
あまりの激痛に後頭部を抱えるマサキはもう涙目だ。
「大丈夫ですか?」
「見りゃわかるだろうが。あとすでに生まれ変わってるって何だ、生まれ変わってるって。訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」
がなるマサキにけれどシュウは平然と返す。
「嘘は言っていませんよ?」
「は? そんなわけあるか。馬鹿にするんじゃねえ!」
「心外ですね。私は嘘は言いません。そもそも」
「何だよ?」
不思議そうに首を傾げるマサキに対し、シュウはその正面に片膝を着くとうやうやしくマサキの手を取る。
「私にトドメを刺したのは他でもないあなたでしょう? あなたは私を殺し、私はあなたに殺された」
そうして一度死した後、ルオゾールによって蘇生され、今がある。
「生まれ変わったも同然でしょう?」
何がそれほど楽しいのか。シュウは喜々とした表情を隠しもしない。
「な……、何で嬉しそうなんだよ、お前っ⁉︎」
そうだ。なぜ忘れていたのだろう。自分は一度目の前の男を殺したのだ。本来であればそこですべてが終わったはずだった。それを覆したのは邪教による蘇生術。
「さあ、どうしてでしょう?」
結果、自らの力で呪縛を振り払い、ついに邪神を打ち倒した男は確かに生まれ変わったのだろう。
「お前、変だぞ」
「失礼なことを言いますね」
「だってそうだろ。殺されたのはてめぇじゃねえか。なのに何でそんな……」
正直、理解し難い。
困惑からの渋面を見せるマサキにシュウは平然と言ってのける。
「喜ばしいことだからですよ」
「ふざけんなっ‼」
思わず怒鳴りつける。正気の沙汰ではない。殺し殺されることの一体何が喜ばしいのか。しかし、怒りをあらわにするマサキにシュウが動じることはない。
「私の性格は知っているでしょう?」
「嫌というほどな。この偏屈変人が!」
「なら、わかるでしょう?」
すっとシュウの顔から感情が抜け落ちる。
「……」
今ならわかる。邪神の呪縛がどれほどシュウのプライドを踏みにじるものであったか。あの邪神は神ゆえの傲慢さでこの男の逆鱗に平然と触れたのだ。
「私の自由は私のものです。それを縛るものは何人であれ許すつもりはありません」
「……そういやお前、この世で私に命令できるのは私だけとか言ってたんだっけ?」
「ええ、言いました」
事実なので。即答である。
「お前って奴は……」
マサキは渋面のまま思考する。
目の前の男は変人だ。エキセントリックの見本市としか言いようがない。何がどう転んだのか自分にトドメを刺したマサキを気に入り、それが必要だと判断すれば物も金も惜しみなく費やしてくる。今日とてそうだ。
何となく。そう、何となく暇をつぶしたくて適当なセーフハウスに顔を出した。そうしたら運悪く家主——シュウがいたのだ。
「少し休みなさい。ひどい顔色ですよ」
当然の様に差し出された白い外套。断る理由もないので受け取った。毛布がわりにはなる。
「……聞かねえのかよ」
「聞いてほしいのですか?」
聡い男だ。マサキの不調など最初から見抜いていたのだろう。
捨て鉢になった人間の置き土産とでもいうのだろうか。その日、テロ鎮圧の任務に当たっていたマサキは魔装機を一機打ち漏らした。すぐさま追いかけたが、市街地近くまで逃げのびたテロリストはあろうことかマサキの到着を待って自爆を仕掛けてきたのである。もちろん、それは失敗に終わったが爆発の余波で近くにあった公共施設の一部が倒壊してしまった。
幸い死者は出なかった。だが、重軽傷者は十数人に及んだ。その中には小さい子どもを連れた家族が三組あった。皆軽傷であったが、一番幼かった四歳の少年は左足に傷を負ったせいでしばらくは歩けないだろうと聞いた。
なぜ、あそこで打ち漏らしてしまったのか。もっと早く切り込んでいたら、あるいはファミリアで足止めをしていればあんな惨いことにはならなかったのではないか。
後悔。けれどすでに終わったことをいくら悔いたところで過去は変えられない。
そもそも今回のことで誰もマサキを責めてはいないのだ。それどころか市街地で自爆される前にテロリストを排除できたことを称賛されたくらいだ。
「でも……、それって何か違うだろ?」
被害は最小限に抑えられた。それは間違いない。だからこその称賛。けれど、見てしまったのだ。爆煙の向こう側に折り重なって倒れた家族——その腕にかばわれた幼い命を。
「さまつなことをいつまでも気にかけていては身が持ちませんよ」
さまつ。取るに足らない。その意味を理解した瞬間、血が沸騰する。
「てめぇっ‼」
反射的に殴りかかろうとして逆に腕をひねり上げられる。
「神ならぬ人の身にできることなど知れている。私もあなたも人間です。それを忘れるべきではない。——あなたの悪い癖ですよ」
「うるせえっ!」
その程度のこと、今さら諭されなくとも理解している。だからこそ、悔しかった。そう、悔しかったのだ。
あと一歩、あと一手。それさえ間に合っていれば結末は違ったかもしれない。否、きっと違っていた。違っていてほしかった。あの時だとて。
「お前……、ほんと何なんだよ」
勝手に納得して死んで、勝手に蘇生されて、勝手に自由になって。だったらそのまま好き勝手にすればいいものを、どうしてだか自分をかまう。挙げ句、あの日のことを喜ばしいだなんて。
「何なんだと言われても、私は私でしかありませんので」
真顔で返された。本当に救い難い男だ。もう脱力するしかない。
「顔だけはいいのにな……」
「顔だけですか?」
最初に戻ってきてしまった。
「もういい。黙れ」
そういえば、どうしてこんなつまらないことが口を衝いて出たのだろう。今さらのように振り返る。
「……あ」
そうだ。あの家族を見て不意に思い出したのだ。
あと一歩、あと一手。間に合っていたら、間に合ってさえいれば、と。
けれどあの日の結末だけはきっと変わらない。だって、変わってしまったら。
「ほんと、今さらだ」
目の前の男は今も暗い闇の向こう側で独りへそを曲げていただろう。それはそれで腹立たしい。だから、あの結末はあのままでいいのだ。
「落ち着いたようですね」
「人の感情を勝手に読むな」
「勝手に読めてしまうほど、あなたがわかりやすいのですよ。少しは精進なさい」
「……寝る」
放り投げた外套を拾い、再びソファに寝転がると同時に目をつむる。戦略的撤退である。
「適当なところで起こしてあげますよ」
頭を軽くなでられる。目をつむっていてもわかる。まるで微笑ましいものを見るような目で人のことを見下ろしているのだ。救い難い男の癖に。
「馬鹿じゃねえか」
さて、それは果たしてどちらに向けた言葉であっただろうか。
どうしようもない話
短編 List-3