夏の庭 – 裏

夏の庭
夏の庭長編・シリーズ
第四章 【神々の黄昏ラグナロク】を告げる

 『イツァグ写本』を所蔵するアモント修道院図書館はバゴニアの西——エオルド大陸西端にあるエクシール共和国の最北に位置し、その両脇を川に挟まれた中州に建てられていた。
 すでに廃れて久しい『神』に仕えた修道士たちの歴史をそのまま残す貴重な場所として、アモント修道院図書館は今や世界有数の観光地となっていたのだった。
「魔装機神三体ともですか」
 確かに今のところ目立った紛争は起きていないがまさか残る魔装機神すべてを投入してくるとは。シュウは自らのネットワークが収集した情報に軽い頭痛を覚えていた。
「デュカキスですね」
 セニア・グラニア・ビルセイアが開発したスーパーコンピューター。論理飛躍すら可能とするデュカキスの性能ならば今までの情報から図書館と写本のことをはじき出しても不思議ではない。まったく、我が従姉妹殿は共闘する分には頼もしいが敵に回すと鬱陶しいことこの上ない。
 魔装機神それも残る三体がこの地を訪れるということは、必然的にヴォルクルス教団もこの地に注目するということだ。
 連中からしてもマサキの亡骸に関する情報は喉から手が出るほどに欲しいだろう。何せ分身も含めて幾度となくヴォルクルスを打ち倒してきたサイバスターの操者だ。文字通りその亡骸を八つ裂きにしてヴォルクルスに捧げるつもりなのだろう。
 そして、魔装機神隊を通してシュウの行動もある程度予測されているに違いない。万全を期すのであれば計画をいったん白紙に戻すべきなのだろうがそれでは間に合わなくなる。
 マサキの亡骸についてもだが引き裂かれた魂の行方も突き止めなくてはならないのだ。これ以上、魔装機神隊に任せてはおけない。一刻も早くマサキの魂を取り戻し精霊界へ戻さなければ。このままでは魂そのものが消滅してしまう。
「最悪、私がすべてを相手をすることになるでしょうね。おとなしく地下にでも潜っていればいいものを」
 入念に準備をした分、写本の入手自体は容易に終わるだろう。問題は魔装機神隊がどのタイミングでヴォルクルス教団と衝突するかだ。間違っても図書館近郊での戦闘は回避させなくてはならない。保険として脱出用の転移魔方陣を図書館内に敷かせたが教団と衝突するタイミング次第では強制起動させざるを得ないだろう。
 写本は二冊。仮に彼らが残る一冊を手にしたとしても何ら支障はない。だが、写本の情報から残る文献について推測されては困る。あちらには論理飛躍すら可能とするデュカキスがあるのだ。文献の多くは稀覯本。奪い合いは避けられない。ゆえに写本は二冊とも手に入れる必要があった。
「本当に余計なことをしてくれたものです」
 軽くめまいがする。ここしばらく「庭」はもちろんメインのセーフハウスにも戻っていない。とてもではないが気を休める余裕がないのだ。まさか、マサキの亡骸だけでなく魂までも。
 正直、シュウは今でも信じられなかった。精霊界に招かれたマサキの魂が引き裂かれたなどと。彼の地の精霊たちはサイフィスは一体何をしていたのだ。
「封印の基礎自体は上層も下層も同じはず。問題はそれを交互に編む術式と『防御層』 そのパターンさえ解読できれば」
 封印は解け彼の亡骸は人として大地に還る。もう誰にも利用されることはない。

 気づけば「庭」に足を踏み入れていた。
 この「庭」を訪れる機会はあと何回あるだろうか。
「表層部分だけですが解咒のめどがつきました」
「本当ですかっ‼」
 主人の言葉にチカは歓声を上げて室内を飛び回る。
「ただ、次に手に入れる予定の写本に関しては魔装機神隊とのバッティングは避けられないでしょう。教団の襲撃も」
 生身の人間が相手ならまだしもデュカキスだ。欺くにしても限度がある。そのあたりはセニアも承知しているだろう。魔装機神隊とてそれなりの覚悟はしているはずだ。彼らはグランゾン——ネオ・グランゾンの力を身をもって理解している。だからこそ、残る三体すべてを投入してきたのだ。衝突は必然。
「ならばすべて蹴散らすのみ」
 完全に破壊はしない。彼らの双肩にはラ・ギアスの平和と未来がかかっているのだ。ゆえにその戦意のみを完膚なきまでに踏みしだく。
 危惧すべきは教団の襲撃だ。教団最高位である大司教はシュウを含めて九人。シュウの管理下にあったラングランとその周辺地域はともかく、バゴニアの西——エオルド大陸西端にあるエクシール共和国はシュウにとって完全に管轄外だ。近隣のヴォルクルス神殿の調査も進んでいない。
 もし、エクシール共和国の周辺にヴォルクルス神殿が存在しなおかつ正常に機能するのであればヴォルクルスの復活も考えられる。仮に本体が無理であったとしても魔装機神隊憎しで分身くらは召喚してみせるだろう。最悪、三つ巴だ。
 ワームスマッシャーあるいは【大量広域先制攻撃兵器MAPW】——グラビトロンカノンで大方の戦力を削いだ後に各個撃破を狙うか。少なくとも通常の魔装機の装甲では高出力のグラビトロンカノンには耐えられない。実質、相手をするのは魔装機神三体だけと見ていい。気になるのはリューネだがあれで彼女は冷静だ。魔装機神三体すべてが出動する以上、唯一それに近しい性能を誇るヴァルシオーネRは待機しなければならない。その程度の思慮はあるはずだ。
 単純に兵装の火力だけで見るならもっとも警戒すべきはグランヴェールだろう。だが、サイバスター同様近接戦を得手とするグランヴェールは中長距離の兵装を主とするグランゾンと相性が悪い。むしろ警戒すべきは中長距離の兵装を主軸とするガッデスだ。ハイファミリアはもちろん高圧力の圧縮流水を発射するヨツンヘイムは厄介だった。
 そしてザムジード。機動力こそ他の魔装機神に劣るものの地形を無視して地中を移動する能力は脅威だ。センサーである程度予測できるとはいえ乱戦となればその位置を正確に把握することは難しい。
 やはり上空からグラビトロンカノンであらかじめ戦力を削いでおくのが無難だろう。そもそもサイバスター以外の三体に飛行能力はない。制空権を奪われる可能性はないのだ。
「チカ」
「はい」
「写本を入手次第、解咒作業に入ります。次は今回以上に時間がかかるでしょう。『鍵』はかけますし侵入者もまずあり得ないでしょうが、何があろうとあなたはマサキに付いていなさい。絶対に」
「はい、ご主人様‼」
 『鍵』となるオリハルコニウムの指輪を握りしめる。彼に贈るはずだった加護の象徴。
 デュカキスがどこまで計算を終えているかはわからない。さすがに「庭」の場所までは特定できないだろうが遅かれ早かれ『鍵』の存在には気づくだろう。彼の、マサキの亡骸はこのラ・ギアスには存在しないのだから。そう、彼らがまず捜すべきは『鍵』であり『入り口』なのだ。だからこそ決して渡すわけにはいかない。
「さあ、行きましょうか」

 脳裏の片隅で黄昏を告げる晩鐘が響く
 【世界】の終わりを告げる鐘
 それは、かつて【神々の黄昏ラグナロク】を告げた晩鐘であった

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