夏空から、あなたへ

夏の庭
夏の庭長編・シリーズ
【Butter-Fly】 -君の知らない物語 – 夏の庭 最終話 – 後日

バタフライ効果( butterfly effect )は、初期条件のわずかな差がその結果に大きな違いを生むこと。チョウがはねを動かすだけで遠くの気象が変化するという意味の気象学の用語をカオス理論に引用した。

 街中を散策中に視界をよぎった一頭の蝶。鼻先で香る陽の匂い。風に乗って散るのは七色の鱗粉だ。
「何だあれ?」
 あり得ない色だった。
「別世界から客人まれびとでしょう。気にするほどではありませんよ」
「何だよ、別世界のまれびとって」
「言葉通りの意味ですよ」
 いつかのどこか、遠い遠い時の彼方のその最果て。あるいは今より昔、原初の胎の奥底で。因果の境——その羽根を揺らす蝶。
 長い長い抵抗とは裏腹に長い長い試行錯誤は常に徒労で終わった。延々と巻き戻されるエンディング。消費されつづける世界はやがて可能性を失い行き詰まった。窒息した世界に「未来」などない。それでも諦めきれず彼らを追って【世界】を越えた。何度も。そう、幾千万では到底足りぬほどに。
 脳裏をよぎったのはそんな「どこか」の「誰か」の記憶。自然と声に力がこもる。
「羽ばたくならば」
 突然の突風。か弱き蝶は片羽根を裂かれて地に墜ちる。
「ここではないどこか。今ではないいつかで」
 もはやぴくりとも動かなくなった蝶を一瞥してからほんの少し歩みを早める。その軀から流れ出る因果の糸を振り切るように。
 ようやく取り戻した唯一無二の手を引いて。

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