最悪な男

長編・シリーズ
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マサキ・アンドーの逆襲?

「……おれは納得してねえぞ」
 眉間に深いしわを刻み口をへの字に曲げて苛立ちをあらわにする青年の名はマサキ・アンドー。通称【方向音痴の神様】である。現在、マサキは憤慨しながら悩んでいた。それはある男からの扱いについてである。
 男の名はシュウ・シラカワ。地上において【総合科学技術者】の肩書きを持ち、ラ・ギアスにおいては元大公子という列記とした王族出身者である。嫌味なことに容姿も端麗で所作もスマートなため一部界隈からの妬みと殺意は日ごとに増すばかりらしい。
「何でおればっかり過保護にされんだよ。理不尽だろ。あいつも過保護にされろってんだ!」
「マサキさん、頭沸いてるんですか。ご主人様ですよ?」
 今や不条理の権化と化して久しい愛機——グランゾンを駆り、意地と執念でついに破壊神まで木っ端微塵にした完璧超人パーフェクトヒューマンである。そんな人間をどうやって過保護に扱えというのだ。
「だからってなあ、おればっかりは不公平だろ」
「そこはマサキさんがその喧嘩っ早く一直線な性格を矯正すればいいだけの話じゃないですか。そもそもの原因はマサキさんの危なっかしさにあるんですからね」
「それを世の中では無理ゲーって言うんだにゃ」
「運命は変えられにゃいのよ」
 言いたい放題の使い魔たちである。
「挑戦する前から諦めてんじゃねえよ!」
「いや、これ純然たる事実。無理です。運命。もういっそ呪詛レベル」
「だから、なおさら何とかしてえんじゃねえか!」
 そう、あの男は何だかんだいって過保護なのだ。あまりにも自然なことだったので指摘されるまでまったく気づかなかったが。
 必要経費の四文字を盾にマサキのためだ何だといって散財する件に関してはもう諦めた。一時的に我慢させることに成功した時期もあったが解禁直後の散財額の桁が一つ増えてしまったからだ。
「どこから出てんだよ、あの金……」
 魔装機神操者としての任務に関しても表立って口出ししてくることこそなかったが、テロリスト絡みの任務が遠因となって地上で倒れたときにはどこからともなく現れてマサキを病院へ運び、回復する頃にはワームスマッシャーとブラックホールクラスターで施設もろともテロリストを壊滅させてしまっていた。
「ワームスマッシャーから間髪いれずにブラックホールクラスターはいくらなんでも非情だと思うのよ。八つ当たりにしても度が過ぎてるわ。一応、犯罪者にも人権ってあるのよ。過保護にもほどがあると思わない?」
 後日、セニアの愚痴につき合いながらマサキはひたすら頭を下げるしかなかった。
「てか、あいつ何でおれが小笠原基地にいるって知ってたんだ?」
「そこ突っ込むと後悔すると思うのであたくしはスルー推奨です」
 マサキは何も聞かなかったことにした。
「とにかく、おればっか過保護にされるのはおかしい!」
 何が何でも逆襲してやる。マサキは奮起した。
「これオチで扱いが悪化するパターンだとあたくし思うんですけど」
「というか脱出不能フラグが立ったと思うんだにゃ」
「ドツボにハマるってこういうことにゃのね」
「うるせえぞ、裏切り者ども!」
 人生は挑戦と失敗の連続だ。ここでくじけている暇はない。
「いや、そこは素直にくじけましょうよ。ターゲットがご主人様の時点で成功率マイナス一〇〇%なんですから」
 鳥の置物が人語をさえずっている気がしたが単なる気のせいだろう。マサキは駆け出した。

「それで、任務続きで過労寸前だったにも関わらず奮闘した結果がこれですか」
「まあ、マサキさん的には逆襲のマサキ・アンドーを目指していたみたいでして」
 ダイニングテーブルに用意されていたのはいつだったかシュウがマサキのために作ったクラムチャウダーとシュウが贔屓にしている食料品専門店のバゲットとジャム、そしてティーポットとミルクだった。シュウが贔屓にしているだけあってバゲットとジャムはもちろんミルクの値段は言わずもがな。ティーポットの中身はマサキが買ってきた紅茶専門店のビンテージ品だ。ちなみにノンカフェインである。見ればティーポットの影にはいくつかティーハニーも隠れていた。
「あなたという人は本当に……」
 ここ三日間ほどシュウが私設の研究所にこもりきりだと聞いて早速「逆襲」に来たらしい。だが、家中を掃除し食事を用意し終えたところで力尽きてしまったそうだ。腕を枕にテーブルで小さないびきをかいているマサキにシュウは苦笑するしかない。
「私に逆襲をしている暇があるならもう少しあなた自身をいたわってあげなさい」
 けれどただ一心に前を向いて走るマサキにはきっとこの声は届かないのだろう。助くべき者のために立ち上がり、剣を振るい、背にかばい、怒り笑い泣く。彼はその全身をもってラ・ギアスの平和と未来を背負っているのだ。
 そっと抱き上げる。だが、起きる気配はない。よほど疲れているのだろう。泥のように眠っている。
「本当にどうしようもない。こちらは気が気ではないというのに」
 マサキはもう向こう見ずな少年ではない。今や一六体の正魔装機の頂点に立ち魔装機神隊を束ねる魔装機神サイバスターの操者だ。ラ・ギアスだけでなく地上においても数々の戦いを経たマサキの戦歴は魔装機神隊の中でも群を抜いているだろう。そんな彼のどこに不安を感じる要素があるのか。おかしな話だ。けれど時折思う。魂を削りながら燃え上がるその命の果てを。
「……きっとあなたは私を置いて逝くのでしょう。私だけでなく多くの人間を置いて」
 世界を駆け抜ける疾風のごとく。希望も絶望も悲しみもすべて引き連れて明日のその先にある最果てへ。
「ならせめて、あなたがここにいる間だけでも」
 この腕に抱きしめておきたいという小さなわがままを叶えてほしい。そう、もう十分に自分は彼に甘やかされ護られてるのだ。この腕に触れる体温のいとおしさよ。ほんのいっときの触れ合いだけでどれほど心癒やされることか。
「これ以上甘やかされては私のほうが駄目になってしまう」
「でも、ご主人様はそれをマサキさんに言うつもりはないんですよね?」
「年長者ですからね。せめてイニシアチブは死守しておかなければ」
 視線を落とせば実年齢よりもずいぶんと幼い寝顔が目に入る。
「あなたには一生勝てる気がしませんよ。とはいえ私にも年長者としてのプライドがありますからね」
 もうしばらくだまされていてください。

 マサキは唸っていた。眉間にしわを寄せそれはもう頭を抱えて唸っていた。
 研究所にこもりきりだったシュウに代わって家中を掃除し食事の用意をしたところまでは完璧だった。デザートの準備だって万端だったのだ。それなのに気づけばゲストルームのベッドの上でこうして朝日を浴びている。なぜだ?
「そりゃあ、ご主人様が寝落ちしたマサキさんを運んだからですね。あ、デザートに関しては七七点と微妙な採点でしたよ」
「食べ終わったあとの食器は当然シュウが片付けたんだにゃ」
「マサキより手際がよかったにゃ」
 使い魔たちに人の心はなかった。マサキは無慈悲な現実に打ちのめされる。あと一歩、あと一歩だったのだ。たぶん。
「それはさておきマサキさんに過労判定が出ましたので今日明日は強制休暇だそうです」
「セニアとはすでに交渉ずみなんだにゃ」
「マサキ、もう素直に降参したほうがいいにゃ」
「ちなみに午後からは王侯貴族に大人気のスパへ強制連行ですから。もちろん【認識阻害の魔術】はガッチガチのガチにかけますのでそこはご安心を」
 詰んだ。一体何が詰んだのかマサキ自身さっぱりだったがとにかく「何か」が詰んだということだけは理解できた。
 もはや自分にできることは何もない。マサキは拳を作る。何もできないなら最後に成すことは一つ。
「ちくしょおぉぉ——っ‼」
 敗北の断末魔であった。

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