最悪な男

長編・シリーズ
長編・シリーズ
通りゃんせ 通りゃんせ

 通りゃんせ 通りゃんせ
 ここはどこの 細道じゃ
 天神さまの 細道じゃ
 ちっと通して 下しゃんせ
 御用のないもの 通しゃせぬ
 この子の七つの 御祝いに
 お札を納めに まいります
 行きはよいよい 帰りはこわい
 こわいながらも
 通りゃんせ 通りゃんせ
 
 御札をもらいに行くから道案内をしろ。やってくるなりそう言い放ったマサキは常日頃なく神妙な顔をしていた。
 祭りの日、意味もわからず近所の子どもたちと歌っていたことを不意に思い出したそうだ。
 地上にいた頃は神も悪魔も精霊もフィクションの世界限定の住人だと思っていた。しかし、ラ・ギアスには精霊も悪霊も破壊神も実在する。なら、地上にも存在するかもしれない。
「だったらちょっと頼ってみようかと思ってよ」
 自身のためではない。妹のためだ。離婚理由までは聞いていないが父親があの性格では相当苦労しただろう。そのうえ今では魔装機操者だ。この件についてはマサキともそうとうもめた。けれど妹は引かなかった。血も繋がっていないのに強情なところはそっくりだと仲間内で何度からかわれたことか。
「今に始まった話ではありませんが、相変わらず過保護ですね」
 毎度のこととはいえシュウは呆れてしまう。目当ての御札はいくつもあった。健康長寿に家内安全、無病息災に良縁成就。ついでに学業上達まで。何とも強欲なことである。
「あなた自身も少しは願えばいいでしょうに」
「おれはいいんだよ。だいたい間に合ってるから」
 今のところほとんどが中傷手前ですんでいるとはいえ年がら年中生傷だらけの人間が何をのんきなことを言っているのか。シュウは軽い頭痛を覚える。本当にこの兄妹ときたら。
「わかりました。最短ルートの検索もできましたしそろそろ出かけましょう。さすがにグランゾンとサイバスターを隠せる場所はありませんからしばらくは公共交通機関を使っての移動になりますが」
 目指す先は霊験あらたかと名高い某神社。移動は片道一時間程度。そこまではわかる。だが、神社に着いてから帰るまでが往復二時間程度とはどういうことだ。首を傾げるマサキにシュウは着けばわかると笑うばかりだった。
「早く言えよ、これ」
 事前に下調べをしていなかったマサキの落ち度ではあるがそれにしてもこれはないだろう。
「まさかの石段一二〇〇……」
「途中に休憩できる場所はあるようですから適度に休んでいきましょう」
 そう言って手渡されたのは途中のコンビニで買ったスポーツドリンクだ。
「石段といえば熊本県にある日本一の石段——釈迦院御坂遊歩道は三三三三段あるそうですよ」
 上には上がある。地獄の三〇〇〇段超。マサキは悲鳴を上げて跳び上がる。
「何の苦行だっ⁉︎」
「早い人は一時間半弱で往復するらしいですね」
「そいつらの体力と脚力どうなってんだよ……」
 まだ一段も登っていないというのにすでに精神的疲労がひどい。だが、ここでくじけていては話にならない。ぱん、と両手で頬を叩く。
「っしゃあ! 登ってやろうじゃねえか‼」
「元気ですね」
 微笑ましい。しかし、現実とは常に情け容赦ないもので。
「……死ぬ」
 一気に登ろうと最初からハイペースで駆け上がったマサキは、案の定、三〇〇段目の休憩所にたどり着く前に座り込む羽目になってしまった。対してシュウは涼しい顔だ。汗をかいている様子もない。
「ペース配分を考えずに登るからですよ。少し早いですが休みましょうか」
 渡されたのはプロテインバーだ。
「干し芋スティックもありますよ?」
「……お前、その顔で干し芋って」
 それはある種の視覚的暴力ではなかろうか。モニカとサフィーネあたりが目撃したら大暴走間違いなしだ。手渡されたプロテインバーと追加で受け取ってしまった干し芋スティックを頬張りながらマサキは脱力感を禁じ得なかった。
 休憩を終えると今度はペースを落としてゆっくりと登った。階段はだいたい三〇〇段ごとに踊り場がありそこから山林の中を右へ左へとのびる石段を登って頂上を目指す。最終的に頂上の境内にたどり着いたのは登り始めてからだいたい四〇分後のことだった。
「さすがに見晴らしがいい。これを見られただけでも登ったかいがあったというものです」
「……おれは死んだ。本気で死んだぞ」
 清々しい表情を浮かべるシュウは実に満足げだ。マサキといえば境内の狛犬に背を預けて座り込んでいた。疲労回復のための干し芋スティックはすでにない。なぜ受け取ったその場で完食した、過去の自分。
「あそこに休憩所がありますから今度は少し長めに休んでから下りましょう」
 肝心の御札を購入する前にバテてしまっては本末転倒もいいところだ。
 山頂の空気は澄んでいる。加えて流れる風は緩やかだ。風の精霊の加護を受けるサイバスターを愛機としているからか気づけばマサキはうつらうつらと船をこいでいた。疲労もあるのだろうが何よりその表情は安らいでいる。よほど気持ちが良いのだろう。
「御札を買うと言ったのはあなたでしょうに」
 軽く頬をはたく。ぱちりと開く大きな目。実年齢を知ってはいてもどうにもいとけない。加えてこの危機感のなさ。自分が席を外している間に何かあったらどうするつもりなのだ。
「起きましたか。御札を買うのでしょう?」
「ヤベぇ、そうだった。ちょっと待てろ!」
 一気に社務所へと駆けていく。まったく忙しない。
 身振り手振りを交えて目当ての御札を探す。妹のためにとよほど真剣な顔をしていたのだろう。対応する側の顔も真剣だ。
 しばらくして両手に御札と御守りを山と抱えてマサキが戻って来る。御札と御守りの隙間にはびっしりと書き込まれたメモ用紙が数枚。
「御札とか御守りとか一年経ったら神社に返すんだってよ。これはその時の手順。こっちは御札の祀り方。あとこれはこの辺にある仏壇とか仏具売ってる店のリスト。あこぎな商売やってるとこがあるらしくてよ、赤字で書いた店で神棚は買うなって言われた」
 それは細かく丁寧に書かれたメモにシュウは感心するよりも先に笑いが出てしまう。善性の人間には自然と善意が集まるものだ。
「なるほど、神棚ですか。確かに祭壇は必要ですね。ついでに見て回りましょうか」
 もちろんその悪徳業者を除いて。
 
「あれ、それって御守りですか?」
 神すら木っ端微塵に粉砕した主人が手にしていたのは見間違えようのない交通安全の御守りであった。
「何でまた交通安全?」
「航行に不安が尽きない知人がいますからね」
「……あれ不安ってレベルで済むんですか?」
 迷子で地球二〇周ですよ? 呆れ果てるローシェンに主人はくっくと楽しそうに喉を鳴らすばかりだ。
「あとは身体安全と健康長寿でしょうか。そういえば道中安全の御守りもありましたね」
 今度買っておきましょう。さっとスケジュールを確認するあたり次の「捕獲日」を計算しているに違いない。
「はあ。もうお好きになさってくださいな」
 本当にこの主人はときたら。そこでローシェンははたと気づく。このパターン、もしかしなくてもヤバいやつでは。
「……フラグ、もしかして立っちゃいました?」
 果たしてローシェンの予感は的中する。
 それから二週間後、日本の某所へ参拝すべく今まさにゲートを開いた瞬間、緊急回線に飛び込んで来た凶報。それはヴォルクルスの分身数体による一斉侵攻の報せであった。当然のことながらマサキは即座にサイバード形態で疾風った。シュウもそれを止めなかった。というよりシュウもまた動いた。あまり知られてはいないが飛行速度自体はサイバスターよりもグランゾンが上なのだ。
 過去、もろもろあってワースマッシャーからのブラックホールクラスターという非情の八つ当たりでテロリスト組織を壊滅させた実績を持つシュウ・シラカワであったが、今回はそれを上回る大惨事の大執行であった。
「さあ、報いを受けなさい」
 すなわちワームスマッシャーからのブラックホールクラスター、そして縮退砲の連続発射である。
 塵はおろか素粒子すら残らなかったそうな。

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