最悪な男

長編・シリーズ
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Let’s go get revenge!

 マサキは頑固だった。そして諦めが悪かった。
「絶対、諦めねえからな!」
「いや、もう素直に諦めましょうよ」
「そもそも勝率がマイナススタートなんだにゃ。無理ゲーなんだにゃ」
「人生、時には諦めも必要にゃ」
「うるせえ、悪いのは全部あいつだろうがっ‼」
 平素はともかく一度自らの領域に入ればその瞬間からマサキをかまい倒す過保護な男。金も時間も湯水のようにつぎ込んでまるでそれが当然とばかりに。
「せめて使う金くらいは自重しろ」
 日本円に換算してありえない桁数の領収書を見てしまったときのマサキの頭痛と胃痛は泣きたいほどだった。ちなみに同じ王族であるセニアの話ではちょっと使いすぎ、くらいの金額だったらしい。別世界在住の人間は金銭感覚も別世界であった。
「というか、真面目な話、どうやってご主人様をやっつけるつもりなんですか?」
「普通に返り討ちなんだにゃ」
「経験値が違いすぎるにゃ」
「そこはやってみなけりゃわからねえだろ。最初から諦めてんじゃねえよ!」
 人の心がない使い魔トリオにマサキは真っ赤になって怒鳴り返す。しかし、指摘はもっともだ。ならばまずは情報を集めなければ。そして起動されるゲーム機と電子書籍、そして支給されている携電(個人端末)。もっと他にまともな情報源はないのか。誰かに相談するという選択肢はマサキにはなかった。
「まず、ろくなことにならねえだろ」
 身近な人間で相談できそうな人物。何度思い浮かべても信頼感より圧倒的に不安が勝る面子しかいなかった。何よりこれが妹に露見した日にはマサキの兄としての沽券は木っ端微塵に消えて失せる。それだけは絶対に避けたかった。
「でも、実際、どうすりゃいいんだ……」
 悩み悩んでまた悩み、そうしてついにマサキは一つの解にたどり着く。
「そのままやり返せばいいんじゃねえか!」
 絶対に違う。拳を作るマサキに使い魔トリオは冷静だった。よくよく考えてほしい。相手はシュウ・シラカワなのだ。中途半端な抵抗ではむしろ状況を悪化させるだけだというのにどうしてまいどまいど迷走するのかこの迷子は。
「もう、このおバカさんはっ!」
「いつも通り痛い目をみないと止まらないんだにゃ」
「シュウに負けず劣らずマサキも十分意固地で執念深いにゃ」
「うるせえ、見てろよ。今度という今度こそやり返してやるっ‼」

 初戦。
 とりあえず、ソファに座っているところに並んで座り襟首を引っつかんで強引に引き倒すとそのまま膝の上へ頭を載せる。いわゆる膝枕である。
「は?」
 あまりの急展開に理解が追いついていないらしい。だが、硬直するシュウとは対照的に襲撃者であるマサキの表情は苦い。思ったような反応が得られなかったからだ。
「むかつく」
 八つ当たりとばかりに髪をなで回す。あっという間に鳥の巣と化したロイヤルパープルに溜飲が下がったのか、それからしばらくマサキは読みかけの電子書籍を読了すべく読書に集中するのだった。この間、膝の上の被害者が放置されていたのは言うまでもない。
 二回戦。
 カフェで見た親子のやり取りを真似してみることにした。
 昼食時での一幕。
「シュウ、口開けろ」
「マサキ?」 
 振り向いた瞬間、開いた口にサンドイッチを突っ込む。飲み込んだ次はサラダにフルーツ。最後は淹れたてのダージリンが香るティーカップを渡して。
「……何か違う」
 今度も失敗してしまった。マサキは唸りながら首を傾げる。何がいけないのだろう。
「マサキ、あなたは」
 隣で呆気にとられる男のことなどもはや記憶の彼方だ。残ったサンドイッチを頬張りながらマサキは次の手を考えるべく意識を集中させるのであった。シンプルに対象の扱いがひどい。
 三回戦。
 納得のいく戦果を得られぬままついに迎えた就寝時刻。ベッドに寝転がりやり場のない怒りを発散すべく枕を探せば目についたのはクッションのみ。
「あれ?」
 そこでちょうど枕を洗濯したまま放置していたことを思い出す。不運とは続くものだ。
「……」
 もう、あれこれ考えるのはやめだ。ぶん殴る。シンプルイズベスト。マサキはゲストルームのドアを蹴飛ばした。
 柄にもなく一日中悩んでそうとう疲弊したのだろう。文字通りドアを蹴飛ばしてシュウの部屋に押し入ってきたマサキはジト目のまま頭をゆらゆらと揺らしてた。
 事情はチカたちから聞いて把握している。二人きりになるたびにかまい倒すシュウにマサキが鬱憤を溜めていることも。頭では理解しているのだ。けれど手の届く場所にいるとわかればどうしても側に留めおきたくなってしまう。
 あれはいつであったか。気がつくとつい抱き込んでしまうものだから人をぬいぐるみ扱いするな、とへそを曲げられてしまったのだ。あのときは機嫌を取るためにそうとう苦労したのでよく覚えている。
「叛逆も逆襲も失敗しましたからね。今回は復讐する気概で頑張ったらしいです」
「彼は復讐の意味を忘れたのでしょうか」
 本人的には自分がそうであったように甘やかされて恥ずかしい思いをすればいい、と考えての行動なのだろうが。
「あたくし、さすがにちょっとかわいそうになってきましたよ」
 迷走するのは「道」だけで十分だろうに。
「気をつけてはいるのですがね」
「その台詞、カードの明細見てから言ってもらえます?」
 チカの視線は極寒のニードルだ。まったく、今月だけで一体いくらつぎ込んだのか。
「また以前のようにへそを曲げられても困りますし、明日にでも話し合いの場を設けましょう」
 二時間ほど前の話だ。
 そして現在、シュウはマサキのテディベアになっていた。
 部屋に押し入ってきたマサキはベッドに上がるなりばしばしとシーツを叩きベッドに腰かけて読書に耽るシュウの腕を引っ張った。振り向けばそれは見事な三白眼と視線がぶつかる。
「寝ろ」
 有無を言わさぬ迫力だ。シュウは素直に本を閉じた。もはや話し合いが通じる状態ではない。
「わかりました」
 一息ついて要求に応えようと身をよじった瞬間、腕を取られそのままマサキの胸に引き寄せられる。
「お前、覚えてろよ。絶対ぶっ飛ばしてやるからな?」
 一方的に言い捨てたかと思えばあっという間に寝入ってしまった。それだけ気疲れしていたのだろう。
 ひとまず脱出を図ろうとするがぎゅうぎゅうに抱え込まれているのでまったく身動きが取れない。無理に動けば起こしてしまうだろう。まさか今度は自分がテディベアされてしまうとは。自業自得とはいえ何とも気が抜ける。
 しかし、のんきに構えていられたのもここまでだった。人間の無意識がもたらす破壊力をシュウはこの瞬間まで侮っていたのである。

 翌朝、目を覚ましたマサキの前に神妙な顔で立つ憎きテディベア——シュウはそれはそれは重々しい声で言った。
「あなたをかまい過ぎていたようで申し訳ありません。今後は気をつけますからもう大丈夫ですよ」
「へ?」
 マサキが眠っている間に一体何が起きたのか。呆けるマサキにシュウはただ殊勝な謝罪を口にするばかりだ。
「え、まあ……、その、何だ。わかりゃあいいんだよ」
 とりあえず事態の改善は叶ったようだ。マサキはそれ以上深く問いただしはしなかった。空腹がささやかな疑問を場外へ蹴飛ばしたからだ。
「じゃあ、着替えてくるな」
 ベッドから飛び降りゲストルームへ。
「……勘弁してください」
 マサキが部屋から出て行くのを確認し、シュウは大きくため息をつく。
 空が白む頃、寝ぼけているからと面白半分に尋ねてみたのだ。日々、彼が何を思って自分のそばにいるのか。どうしてこの手を取ってくれたのか。
 そんなシュウの疑問に対して無意識が紡いだ言葉の数々よ。あれは生涯忘れないだろう。否、忘れられるものか。凄まじい破壊力だった。言葉を飾ることが苦手なマサキの率直な感情。それを、あんな顔で。横っ面を張り飛ばされるとはああいうことをいうのだろう。あの衝撃。よくも平静を保てたと思う。
 こんな「復讐」は二度と御免だ。さすがに身が持たない。だが、あの言葉の数々は前後の記憶も含めて墓まで持って行こう。固く決意する。
「あ、その顔、もしかして復讐成功されちゃいました?」
 食事の支度をと呼びに来たのだろう。意外ですねと大げさに驚くローシェンにシュウは素直に自らの敗北を告げる。
「ええ、以前とはまた別の意味で完敗ですよ」
 本当になんて恐ろしくていとおしい人。

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